ふみとこさんのやることリスト

40歳になり身体と心がついていかなくなったふみとこさんが、一日一日を焦らずに乗り越えていく日記です。

父、著しい食欲低下で入院

昨日は、怒涛の1日だった。
16時半の飛行機で帰らなくてはいけない私は
午前中に母の見舞いを済ますことにした。
病室でラジオを聞きたいと言う母のために、
昨晩弟がイヤフォンを買ってきてくれたので、
それを預かった。


朝から父が起きてこない。
だいたい毎朝7時には起きているので心配になる。
しかし、起きた形跡はある。
ロキソニンを飲んだようだった。
どこか痛みでもあるのか。

弟が、会社に出発する前、
私は昼には帰るから
お父さんとお母さんを頼むね、とお願いした。


家の中を片付けたあと、
少し珈琲を飲みながらテレビをつけた。
毎朝欠かさず観ているNHK朝の連続テレビ小説まんぷく』がちょうど始まった。
本当に面白い。


が、父が気になって仕方がない。

9時半くらいになり、
父の寝室に行き
母の見舞いに行くと声をかける。

どこか、具合悪い?とたずねると、
夜中吐いてしまったと。
そのせいで眠れていない、しばらく横になっとくよ、と
か細い声を振り絞って教えてくれた。


まずいな、と思った。
このままでいいのか、
私は昼には帰らなくてはならない。
一人にしておけない。


父には「とにかく寝といてね」と伝え、
母のところへ急いだ。


母は、うつ伏せになって寝ていた。
水晶体の手術の後は、うつ伏せにならなくてはならないらしいが、術後約一週間経った。
長いなぁ。
母もしんどいだろうなあ。

たまたまベッドの引っ越しをするとのことだったので、
母の荷物をまとめた。

母に父が吐いたことを伝えた。
お父さんの、主治医のM先生という人にそのことを伝えてほしいと言うので、
父の診察カードも何も持っていなかったが、
少し離れたところにある緩和病棟まで走り、
父の主治医を突撃した。
ちょうど回診が終わったところだった。

緩和ケア病棟に入ったのは初めてだった。
とても静かですっきりしていた。
廊下が広く、
他の病棟のように
医療機器があまり見当たらない。
看護師さんも少なめで、
みな、ゆったりした雰囲気。
全て個室で、一部屋が大きく感じた。

そこを歩きながら
私は何とも言えない気持ちになった。


突然、やって来た私に
緩和病棟の看護師も主治医も大変丁寧に対応してくれ、
父の名前を言うなり、
個室に通してくださって
話を聞く機会を作ってくれた。


私が帰省した二日前からの父の様子、
昨晩嘔吐し、寝込んでいること、外出はおろか入浴もできていない、トイレに移動するのもやっとだと伝える。


気力だけで生きてる、
私が帰ったらどうなるかわからない、
とてもじゃないけど、一人にしておけないと伝える。

主治医は、
父をすぐにでも受け入れたいと話す。
本当は、母の入院と同時に父も緩和病棟に入院をすすめたが、父が頑張れると断ったのだ。
その頃は食事も何とか食べれていた。
主治医は、父がこの身体で仕事していること自体が信じられない、
お店をすることが父の生き甲斐ということも理解してくださっているようだった。

しかし、
一週間で予想を超えて悪くなっていると。
肝硬変よりも
すい臓がんの腫瘍マーカーがかなり上がってきているので(前回の検査結果を見せてくれた)
がんの症状が、急速に悪化してきているかもしれないとのこと。



父は入院を嫌がるかもしれないが、
帰って父に説得してみたい、
万が一父が病院に来ると言ったら入院させてほしいと伝えると、ちゃんと話を通しておきますと主治医。


私は、急いで帰宅し、
父に話をした。


勝手なことしたけど、
今、緩和ケアのM先生と話をしてきた。
お父さんが全然食べれてないこと、
昨晩吐いたこと伝えたら
すぐに入院してくださいって。

今から病院行こう。

なるべくはっきりと父に言った。

父は一瞬驚いた様子だったが、
しばらく考えて、
「先生が入院していいって言ったのか?」と。
「お父さんが来てくれるならすぐに入院の準備してくれるみたいだから電話で伝えるよ」
と話すと安心した様子で
「わかった、行く」


荷造りをして、
タクシーに乗り病院へ。

父に、「本当はきついんやろ?」と聴くと
「きついね」と。

父は頑張りたいんだなぁと
思った。
でも、今は誰かに甘えてほしい。
一人じゃどうにもならないからさ。


主治医と打ち合わせをした通り
緩和外来→入院という段取りを踏むことになった。

外来ということで、
待ち時間が非常に長かったため、
看護師の方が声をかけてくださり
待っている間、父はベッドに寝かせてもらえた。
父はこの期に及んでもまだ
「大丈夫大丈夫」と…。
私が「だめ!寝せてもらおう!」
と言い聞かせた。


私は同意書を書いたり、
スマホで弟や親戚に現状を報告した。


そうこうしていると、
私も帰りの時間が近づいた。
正確に言うと、本来乗る予定の電車を一本見送った。

次の一本に乗らないと、飛行機に間に合わない。
パパに月曜日仕事を休んでもらって子どもを見てもらってるので、
絶対に帰らなくてはいけない。


ちょうどそこに伯母から連絡がきた。
状況を説明すると、
仕事中だったが、今からすぐ行くから
早く電車に乗りなさいと伯母が言ってくれる。


私は帰らなければならなくなった。


看護士の方も、
娘さんがもう帰るからと急いでくれと主治医?に電話をしてくれていたようだけど、仕方がない。

私は看護士に「申し訳ありません、父をよろしくお願いいたします、もうすぐ親戚が来ますので」と伝え、
父に「大事にしいよ」と声をかけると、
「ありがとうね、気をつけてね」と言われた。
急いで病院を出た。

目から涙が溢れ止まらなくなった。
タクシーに乗り、何とかギリギリ電車に乗ることができた。


電車の中で少しずつ落ち着いてきた。


空港に到着した。
そういえば、昼御飯を食べいなかった。


ドトールに入り、飛行機の離発着がよく見える席に座ることができた。


目の前に、
私の大好きなスターフライヤーがやって来た。
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スターフライヤーを眺めながら、
遅い昼食をとる。

父のところに到着した伯母が
ラインで随時報告してくれる。


今からCTとレントゲンをとるようだ。


少し心が落ち着いた。


とりあえず、
入院できてよかった。



自宅に戻ったら
娘と息子が待っている。

3日間もよくお留守番できたね。

パパも本当にありがとう。



○○○○○○○○○○○○

今日のやることリスト

◼️息子のマラソン大会に行く
◼️伯母にお礼を送る
◼️夜は味噌煮込みうどん
◼️疲れをとる

母のいない実家に帰省してやったこと

実家に帰った。

パジャマ姿でこたつに入りウトウトしている父に
ただいまと声をかけた。

おう、と一言。

母の入院先の病院で買った一口サイズのサンドイッチなら、
父も少し口にしてくれるかもしれないと思い
テーブルに出してみたが、
俺はいい、と父。

私は弟とサンドイッチを分けることにした。
弟は、頼まれたわけではないが、
母の入院中、父を心配し
実家から仕事に通ってくれている。
少し遠いので負担だろうが、
本当に助かっている。

母の様子を伝えながら
私と弟で夕食をつまむ。

父も次第に会話に入ってきてくれる。
とてもか細い声で、よおく耳をすまさないと聞き取れない。

1月の後半から
突然、食べれなくなってしまった父は
覚悟していた通り、
痩せ細っていた。

食べれていないから、
力が入らないのか
声も小さくなってしまった。
そんな父を目の前にして
涙が出そうだったけど、
グッと堪えて、
つとめて明るくふるまった。

父は
私が帰ってきて、嬉しそうな様子。
冷蔵庫に賞味期限が切れそうなプリンやヨーグルト色々あるから食べろと言う。


最近めっきり食べれなくなってしまって
今日は、バナナを1日かけてやっと一本食べれたと話す。

緩和ケア科に
受診したとき、
食欲が無いことを伝えたら、
漢方薬や栄養の薬をもらった。

病院からは、
介護認定を受けた方がいいと言われている、

しかしながら、
父はボロボロの身体で
まだ仕事を続けている。
店をしていると、
料理を作っていると、
それに集中して
病人ということを忘れられる。

しかし本当は、
医者から
在宅ケアやホスピスを紹介されるほどの
身体になってしまっている。





昨日は、
朝昼晩、私が食事を作った。
弟もろくなものを食べてなかったみたいだから
父が「姉ちゃん帰ってきてよかったな」と弟を茶化す。

父には

朝は、薄くスライスしたリンゴを小皿に盛り、
昼は、冷やし素麺をお吸い物のお椀に少し、
夜は、卵豆腐を半分とミニトマトだけ

分けた。

なんとか、
食べてくれた。
父に言わせれば、
かなり食べれた方だと。

やはり、
皆で食べると
遠くから帰ってきた娘から出されると
無理してでも
食べる気になるのかな。


日中は、
洗濯、洗濯、洗濯。
マット類や、布団カバーなども洗う。

冷蔵庫の中は、
消費期限切れのものが大量にあり、
全部処分して、
庫内をきれいに拭いた。

葉野菜などは、
まとめて茹でて、冷凍した。
冷凍しておけば、
母が退院したら使ってくれるだろう。

全室、換気をして
掃除機をかけた。

隅から隅まで風を通し
実家にこもる
何だか暗くて寂しい空気をぜーんぶ外に放出した。

すっきりしたら、
母がお店の玄関に咲かせているお花に
水をやった。
もう枯れてるかも、と母は心配していたが、
全然枯れてない!
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よかったね。

父も弟も水やりなどしないだろうから
母が帰宅するまで頑張ってねと花に伝える。


ドラッグストアに行き、
栄養補助食品のコーナーに行く。
このコーナーで足をとめるのは初めてだ。

職場の人や、
看護師の友人から
食欲不振にいいとすすめられた
「メイバランス」を大量に買う。


ゼリー飲料など
途中まで飲んで残せるもの、
カロリーメイト
ミニサイズのインスタント食品を買った。
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母が帰ってくるまでの間、
何とか口にしてくれると嬉しいんだけど。


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今日のやることリスト

◼️昼に母の病院へ
◼️花の水やり
◼️ゴミ出し
◼️夕方の便で自宅に戻る

飛行機に乗る前に落ち着く

羽田空港で昼食をとっています。

パパと子どもたちに空港まで車で送ってもらいました。
羽田空港で皆でランチしてバイバイする予定でしたが、
空港では今の時期
麻疹やらリンゴ病やらインフルエンザやら…
何をもらってもおかしくない。

駐車場も満車だったのが
一番の理由だったのですが(^_^;)
今回は車でバイバイしました。
パパ、3日間子どもたちを頼む❗️



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ウロウロと歩いた結果、
寿司屋さんに入りました。

なんと、
これで1100円なのです。

豪華過ぎる~。
ちょっと多すぎるくらいかなぁ~(^_^;)

一人で来ているお客さんも多く
皆、タブレットやらパソコンを開いてる。
私もここでブログを書く。



帰省の目的は、
母の入院見舞いと、
父の様子見です。


父の食欲低下や
母の手術、
実家のことを考えると

心配な気持ちや
私が帰って何とかしなきゃ!
と気合いを入れてしまう悪い癖。

子どもたちを置いて帰省して
飛行機が墜落して帰らぬ人になったらどうしよう…とか、
あれやらこれやら
いつものように様々な妄想が膨らみ
不安な気持ちになる。

実家に帰ったら
あれやってこれやって…と
考えていると
アドレナリンが放出してきて、

不安やら興奮やら
寂しさやら嬉しさやら
色々なものが押し寄せてきて、

変な精神状態になる。

いかん、
このままだと機内でパニック発作を起こしかねない。
今のうちに落ち着かなきゃ。


バッグには
リーゼも入ってるから大丈夫。

パニック発作が襲ってきたら
遠慮なく飲む!!

前回、飛行機に乗ったときの反省で
水を買い忘れていた。

水はいつも持っておかないとそれだけで
不安になる。

もう半年以上発作は起こしてないけど、
気持ちが高ぶっているときは要注意です。

ちゃんと準備して。

厚着もやめとこう。

乗ったらすぐ寝る。

余計なことは考えない。

天気もいいし、
富士山見れたらいいな~っていうのを
考えるか。

母の手術と父の様子

昨日、母の黄斑円孔の手術が無事終わりました。
手術は一時間ほどかかったようです。
術後は、うつ伏せの体勢を取っておかなくてはいけないらしいです。
年寄りには辛いでしょう。

夕食どき、母から電話がありました。
頭を下に向けておけば、
普通に食事も電話もできるようです。

母はとても元気でした。
局所麻酔だったので、
術中の様子を色々話してくれました。
私も昨年眼の手術を経験してるので、
色々と盛り上がりました笑

余談ですが、
母方祖母も片目を失明していまして、
眼に関して親子三代何かの因縁なのでしょうか。。。


母の手術には、
父が付き添っていたようです。
先月人生初の携帯を持つことになった父から
「手術終わったよ」とラインがきたので、
何だか変な気分でした笑

術後の母を差し置いて、
ではないですが、
父の様子を聴きました。
今週末私は帰省する予定なので
食事など、どうしたらいいか尋ねました。

すると、
最近、父はお粥か果物しか食べてないと。

先月くらいから
急に
食欲が低下してしまっているようです。

毎朝欠かさず食べていた味噌汁ですら、
匂いが受け付けなくなったと。

白身魚で優しめの味付けで煮物とかどうかな?と聴くと、魚も一切食べれなくなったと。

もう、私はショックで。。。

正月に今まで通り仕事している父を見て
どこか安心していた。

食事もとれていた。

何だか現実を突き付けられたというか、
確実に父の病気は進んでいるんだ、、、

告知のとき、医師から言われた
「段々弱っていきます」という言葉が
現実のものとなってきているような気がして

なんだか悲しくなってしまいました。


母は心配させまいとしているのか、
重大なことと捉えてないのか、
食欲低下について、
すごーく軽く私に話したが、
とてもじゃないけど、
軽く受け止められなかったです。

私が週末帰ったときにできるのは、
何なのでしょうか。

父とはもともと気軽に喋る関係ではなく、
母や孫を介さないとお互い気不味い感じになり、ほとんど会話できません。

どうしたらいいのか。
ちょっと、へこんでしまいました。



遠くに住んでいて何もできない。
本当に無力感しかないです。




○○○○○○○○○○○○○

今日のやることリスト

◼️仕事、真面目に感情を表に出さず取り組む
◼️挨拶は自分から。してくれない人にもきちんと。
◼️娘とチョコレートブラウニーを作る
◼️夕食は適当で。

娘のヘアゴム作り

昨日は仕事が休みだったので、
久しぶりに娘のヘアゴムを作りました。
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2種類作りました。

夢中になってしまい、
あっという間に時間がたってしまいました。


こちらは昨年作ったヘアゴムです。
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裏返すと
継ぎ目などがかなり雑なのです。
また、作りが甘いのか、
段々形が崩れていくので、
もう少し練習して、
丈夫でもう少し凝ったリボンが作れるようになりたいです‼️




実家の母が
昨日より入院しました。
今日手術です。
黄斑円孔という眼の病気です。
術後は数日間うつ伏せで過ごさなくてはならないようです。
どんな拷問…

週末には帰省し、
見舞う予定です。
手術が無事成功しますように。


○○○○○○○○○○○○
今日のやることリスト

◼️ピアノ教室に行く
◼️息子の個人面談
◼️仕事では口数少なく余計なことは言わない、何でも確認してから。

怖かった関所

年末年始の帰省中の話です。




正月におせちを食べた後、
何もすることがなく暇をしていた私たちは、
家族で「初詣」に行きました。

私が通っていた中学校のすぐそばにある神社まで、
当時の思い出に耽りながら、通学路をたどりました。

子どもたちと長い石階段をのぼり、
水舎で手を洗いました。
子どもたちを抱き抱え、鈴を鳴らさせた後、
「健康でありますように」と
これまでに無いくらい念じました。

パパが厄年ということで、
義母からの指示で、お守りを買いました。


子どもにはおみくじを引かせました。
末吉と中吉("⌒∇⌒")
微妙です(^_^;)


雪がチラチラと降る中、
焚き火の近くへ行き
しばらくの間、暖をとりました。


私は
中学生の頃を思い出しました。


通学途中にあるこの神社は
3年間毎日通った場所。
この神社を通らないと、学校には入れない。

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我が母校はなかなか荒れた中学校でした。


ヤンキーだけでなく、比較的普通の子も制服に何らかの細工を施していました。

標準=ダサい でした。

髪もオキシドールで脱色するのが流行っていて、クラスの女子で回して使っていました。
今じゃ考えられない、髪にオキシドールとか(涙)



そしてこの神社。
いわゆるヤンキーのたまり場でして

中学1、2年の頃は、
この神社を通過するのがめちゃめちゃ恐怖でした。

なぜなら神社の石階段のとこで、
ヤンキーが座りこんで
通学する生徒たちを監視しているのですから。
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自転車通学はヘルメット着用を義務付けられていたのですが、

1年生に関しては、
ヘルメットの顎ベルトを外していると、
「何で外しとんや!調子のんなよ!」と
ドスの効いた声で怒鳴られます(涙)

靴下の色もワンポイントなんて入ってたら
即呼び出し。

今考えると、まるで生徒指導なのですが、

真面目にしてても、めっちゃ怖い顔でがんをつけられ、毎日ビクビクしながらそこを通らなければならない、要は関所みたいなところでした。


関所で捕まってる子とかいたし、
先生たち、だれも取り締まらないし、
まぁ私は目立つ生徒ではなかったので、
関所で捕えられることなく無事卒業できたのでよかったですが、もっと平穏な学校生活が送りたかったと思ったりします(^_^)

パパにそんな中学校時代の思い出を語り、
神社を後にしました。


卒業以来でした。
うん、でも行けてよかった。


そういえば…
中2のとき、隣の席だった
めっちゃヤンキーだったYくん。
保育園から一緒で、彼は中学に入るなり暴走族にも入ってしまったのですが、
中身はあまり変わってなくて。
たまにしか学校に来なくて。

そんなYくんが珍しく登校してきた日、
私に、
「真夜中の天使って英語でどう書くん?」
と聴いてきたのです。

Yくんが私を頼ってくれたことが凄く嬉しくて
英語が嫌いだったにもかかわらず
和英辞典で何とかつなぎ合わせ、
「midnight anjel」と書いたメモを渡しました。

Yくんはすごく喜んでくれて、
授業中下敷きに「midnight angel」と書き連ねていきました。

私は真夜中の天使がmidnight anjelでいいのか自信が無く心配していたところ、

「続けて書くやつも書いて」との注文が!

筆記体のことね!

私はmidnight anjelを筆記体にしてYくんに渡すと「ありがとう」とお礼を言われ、
Yくんは、さらにその文字を下敷きにびっしりと書き連ねていくのでした。

midnight angel、気に入ってくれてよかった。

それからまた彼はしばらく登校しなくなりました。

midnight anjel

これは、正しい「真夜中の天使」だったのか、
いまだに謎だし
確認もしない私です("⌒∇⌒")

もう、かれこれ27年前の話。



○○○○○○○○○○○○
今日のやることリスト

◼️掃除機かける
◼️食材、ゴミ袋買い出し
◼️バレンタインチョコの買い物
◼️夕食は生協の魚

小さな掃除

洗剤入れ。
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隠れインフルエンザで
ダウンしていた私は家事はまともにできず、
食事と、
子どもたちを登校登園させることでいっぱいいっぱい。

家の中はたちまち荒れていきます。

散らかり過ぎると
それもまたストレス…
パパは、気にしなくていいよと言ってくれるが
私自身が気になって仕方ない。
でも身体が動かない。


そこで、
ちょっと調子がよいときに、
前々から見て見ぬふりをしていた、
洗剤入れを掃除することにしました!


はい、汚い("⌒∇⌒")
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洗剤どかすと
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ウエットティッシュでふきふき、ポイ
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洗剤を元に戻して終了
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時間にして2分くらい?

すっきり!
満足~♪
ちょっとストレス解消!

たったこれだけのことが
ずっとできず、
毎日目に入ってはモヤモヤしてたもので。

今回掃除できてよかったです("⌒∇⌒")




○○○○○○○○○○○○

今日のやることリスト

■美容室に行く
■パパも散髪に行く
■娘の縄跳びに付き添う
■息子にマラソンの練習するか聴いてみる